福昌寺 は、曹洞宗(禅宗)のお寺で山号を経堂山といいます。寺が開かれておよそ400年の歴史を誇り、御本尊は釋迦牟尼佛です。この寺の建立を発願された方を開基といいますが、この開基は、室町時代の江戸城の御殿医であった松原土佐守彌右衛門(天正16年4月8日歿)です。立派な漢方医で、日本に帰化した方といわれています。ここ「経堂」の地名の由来に関してはいくつかの説があり、松原土佐守彌右衛門の屋敷内に「一切経」を祀ったお堂があったから「経堂」の地名がついたとか、経塚を祀ったから、あるいは京風のお堂があったからなどいくつかの謂れがあります。この辺りは昔「経堂在家(きょうどうざいけ)」と呼ばれ、屋敷内の寺を建立したことにより経堂山と呼ばれるようになりました。これが今の「経堂」という地名の発祥となっています。御開山は「年齢玄甫大和尚(寛永8年3月18日歿)」で本寺常徳院八世の住職です。寛延の時代には「経堂在家村」を洪水や飢饉が襲い、多くの村人が亡くなりました。当山十世住職の大心博仙大和尚が、この災いから村人を救おうと四国、西国、秩父の観世霊場の土をいただき百体観世音を造ることを発願し、経堂在家や近隣の村人と力を合わせて祀ったところ、災いが去り、安穏に暮らせるようになったということです。それ以後、4月18日の縁日がにぎやかに明治まで続いたそうです。

 

福昌寺は曹洞宗のお寺です

宗名   曹洞宗

宗祖   道元禅師

寺名   経堂山  福昌寺

本尊   南無釋迦牟尼佛

福昌寺の観世音ホール

式場   70名

控室   一般控え室: 約40人(立食の場合は約70人程可)
      親族控え室: 約40人

駐車   20台

利用制限   在来仏教及び神道のみ利用可

世田谷区 <strong>福昌寺</strong> 観世音ホール

       祭壇                             

      葬儀の事は                      

 

   

     
 お花を贈ることができます

    供花の事は

 

曹洞宗の教え

曹洞宗の教義の中心は何といっても坐禅であります。道元禅師の教えの中で、
「坐禅は安楽の法門である、なにも考えないで教えられたように、ただひたすら坐ればよい、坐った姿は仏さまの姿であり、その心は仏さまの心である」
とお示しになっておられます。坐禅は手を組み、足を組み、正身端坐してだまって行じます。自己流であってはいけません。坐の組み方、心の調え方など正しい方法を詳しく、お知りになりたい方は菩提寺のご住職におたずね下さい。ここでは『修証義』を拠所として教えについて考えてみましょう。『修証義』は道元禅師の著書『正法眼蔵』の中より、そのお言葉を選びだし、多くの人々に曹洞宗の教えを分かり易く説き示すために、明治の中ごろ完成されたものです。全部で五章三十一節に分かれており、そのうち、懺悔滅罪・受戒入位・発願利生・行持報恩の四つの実践内容(四大綱領)を教えの標準としています。わたしたちは仏のみ子であり、お釈迦さまと同じ清らかな心(仏の徳)が具わっておりますが、日々仏のみ心にそわない生活をくり返しているのも事実です。わたしたちが真実、仏のみ子であるという確信にめざめたときに深い反省の心が生じ、懺悔せずにはいられなくなります。(懺悔滅罪)このように懺悔の心がおこり、仏さまに向かって懺悔の儀式を行ったとき、ただちに仏さまの徳があらわれて、仏さまの戒法を受けることができます。 (受戒入位)
毎日の生活が自ら正しく、明るい生きがいを感ぜられて、世の中のお役に立つことを願い喜ぶようになります。    (発願利生)個々に合掌の生活、感謝報恩の生活をいとなみ、今に打ちこむことのできる充実した日を送ることができるのです。 (行持報恩)
こうした生き方をいただくことが肝要です。 


曹洞宗の焼香のマナー

  1. 祭壇に進み、遺族に目礼し、故人の遺影に向かって一礼します。
  2. 一度合掌します。
  3. 親指、人指し指、中指で抹香をつまみ、目の高さぐらいまでに持ち上げます。
  4. 抹香を香炉の中へ落とします。(3回)
  5. 改めて遺影に向かって合掌します。
  6. 一歩下がり、僧侶と遺族に一礼し、席に戻ります。
ホームページ制作、ホームページ作成